大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成2年(ワ)3896号 判決 1996年5月31日

大阪市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

松葉知幸

神戸市<以下省略>

被告

オリオン交易株式会社

右代表者代表取締役

神戸市<以下省略>

被告

Y1

福岡市<以下省略>

被告

Y2

右三名訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

一  被告オリオン交易株式会社、同Y1は、原告に対し、各自金九三一万八三六〇円及びこれに対する平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告オリオン交易株式会社、同Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告と被告オリオン交易株式会社、同Y1との間では、原告に生じた費用の三分の二及び同被告らに生じた費用を五分し、その二を原告のその余を同被告らの負担とし、原告と被告Y2との間では、原告に生じたその余の費用及び被告Y2に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自一五四一万八〇六〇円及びこれに対する平成二年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、弟のB(以下Bという。)とともに、a製作所の屋号で製缶加工、ステンレス加工等の鉄工業を営んでいるものである。原告は、後記の商品先物取引をする前は、商品先物取引はおろか株式取引の経験もなかった。

(二) 被告オリオン交易株式会社(以下「被告会社」という。)は、商品先物取引の受託を業とする商品取引員であり、被告Y2(以下「被告Y2」という。)、同Y1(以下「被告Y1」という。)は、被告会社の営業部に所属する従業員である。

2  事実経過

(一) 被告Y1は、平成元年八月中旬頃から同年一〇月にかけて、原告に対し、電話で商品取引の勧誘をした。右勧誘において、被告Y1は、「ゴムが今買い時です。」「私のねらい目どおりに値が上がっています。」「小豆が買い目です。」「小豆が上がっています。一〇〇円上がれば資金が倍になります。」等の値動きの話や、商品取引によって大きな利益が得られる旨を繰り返して商品取引を勧めた。

(二) 原告は、被告Y1があまりにも熱心に勧誘するので、平成元年一〇月中旬頃、被告Y1に対し、一度会うことを約束した。そして、同月一八日午後五時半頃、被告Y1とその上司である被告Y2が原告の仕事場を訪れ、原告及びBに対して商品取引の勧誘をした。その際、被告Y1、同Y2は、「株は下がったら損をするが、これは下がっても利益をとれるのをご存じですか。」「値段が逆に行った場合、証拠金を追加して追って行って、元に戻るまで待てば証拠金は戻るし、頭のところで建てると儲かります。」「株よりも安全です。」「まかせて下さい。必ず儲かりますから。」等商品取引は利益が必ずとれる取引であり、自分たちに任せてくれれば大きな利益を得ることができる旨を午後八時頃まで説明した。原告とBは、この説明を信用し、最低の枚数でやってみようと述べたところ、被告Y1、同Y2は、「五枚からの取引です。」「証拠金は三〇万円です。」と説明した。そこで、原告は、小豆五枚の注文のため、被告Y1、同Y2に対し、証拠金として現金三〇万円を交付し、もって被告会社を受託者とする商品取引を開始するに至った。翌一九日午後六時頃、被告Y1が原告の仕事場に来て、前日交付した三〇万円の預かり証を原告に交付するとともに、B名義でも取引するよう勧めたので、原告は、Bと相談の上、これに応じることとし、同日、更に三〇万円を証拠金として被告Y1に交付するとともに、求められるままに契約書等に署名押印した。

(三) 同月二一日、被告Y1が原告のところにやって来て、原告に対し、「乾繭がおもしろいときですからやってみませんか。他の客のことを言ってはいけないのですが、実は東大阪で兄弟二人で両建をしている人がいます。どちらかが必ず逆の方にいきますのでこれを切ってやったらいいんです。一方は利益ですから損はされていないんですわ。だから二人でやって下さい。間違いありません。確実ですから。このY1に任せてください。」等と自信たっぷりに乾繭の取引を勧めた。原告は、被告Y1の右勧誘によって、乾繭の取引をやってみようという気になり、翌二二日夕方、被告Y1に対し、乾繭取引のための保証金一三〇万円のうち九〇万円を交付し、残金は翌日に交付した。

(四) その後、原告は、被告Y1の言葉に従って、次々と金員を交付し、また数回は利益金を受け取った。

(五) 更に、同年一一月一日頃、被告Y1は、原告に対し、「ゴムが買い目です。これ以下に下がることはありません。これより下がれば国が介入して支えますので絶対間違いありません。」等とゴムの取引を勧誘したので、原告はこれに応じた。またその後、原告は、被告Y1の「大丈夫です。まかせて下さい。」との説明により、粗糖の取引も開始した。そして、被告Y1は、原告が右の各取引を継続している間、原告に対し、「乾繭だけでも四〇〇万円位利益が上がっている。」「Xさん、間違いないから出して下さい。私が強く言うときは絶対間違いないんです。信用して下さい。Y1銀行と思って任せて下さい。」等と繰り返し、原告の無知に乗じ、原告に次々と金員を出捐させ、取引を継続させた。

3  被告らの責任

被告Y1、同Y2の右各行為は全体として不法行為となる。

すなわち、

(一) 被告Y1は、一面識もない原告に頻繁にかつ執拗に電話勧誘を行い、原告及びBが商品先物取引に全く無知であることを奇貨として、商品先物取引の仕組みや高度の危険性を説明しないばかりか、原告及びBをしてこの取引を利益が大きくしかも確実な取引であると誤解させる説明を行い、また利益が確実である旨の断定的な判断の提供を行い、更に最低取引単位が五枚であるとの虚偽の説明で勧誘した。

(二) また、被告Y1、同Y2は、原告をして、取引開始から短期日のうちに大量の建玉をさせているし、原告が商品先物取引に無知であり、被告Y1ら被告会社の外務員を信用していることを利用し、実質的一任売買によって短期間で過大な取引を行い、頻繁な建て落ちを繰り返すなどして、原告の出捐金を手数料や損金名下に取り込んだ。

以上の行為は、被告会社の業務活動という形式により組織的になされたものであり、被告Y1、同Y2のみならず、被告会社も民法七〇九条によって、右行為について責任を負うというべきであり、仮にそうでないとしても、被告会社は、被告Y1、同Y2の使用者として、同被告らの右不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一)(1) 原告は、被告Y1の前記勧誘に応じて、別紙計算書出捐金欄記載のとおり、合計二〇〇五万円を被告会社に交付し、被告会社から同計算書受領金欄記載のとおり合計六〇三万一九四〇円を受領したので、その差額一四〇一万八〇六〇円相当の損害を被った。

又は

(2)① 原告又はBは、被告Y1の前記勧誘に応じて、別紙計算書出捐金欄記載のとおり、合計二〇〇五万円を被告会社に交付し、被告会社から同計算書受領金欄記載のとおり合計六〇三万一九四〇円を受領したので、その差額一四〇一万八〇六〇円相当の損害を被った。

② Bは、原告に対し、被告らの前記不法行為による損害賠償請求権を譲渡し、Bは、被告会社に対し、平成六年八月二三日到達の書面で、右債権譲渡を通知した。

(二) 原告は、本件訴訟を弁護士に依頼したが、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は一四〇万円である。

5  よって、原告は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、一五四一万八〇六〇円の損害金及び不法行為後であり本件訴状送達の日の翌日である平成二年六月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1(一)の事実については、原告が弟のBとともにa製作所の屋号で製缶加工、ステンレス加工等の鉄工業を営んでいるものであることはことは認め、その余は知らず、同(二)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実については、被告Y1が平成元年八月中旬から同年一〇月にかけて、原告に対し、電話で商品取引の勧誘をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

被告Y1と被告会社の従業員である訴外Cは、平成元年一〇月一九日の午前中に原告経営にかかる鉄工所を訪問し、原告と先物取引委託契約を締結し、三〇万円の証拠金を預かった。

(三)  同(三)の事実については、被告Y1が原告に対し乾繭の取引を勧誘したことは認め、その余の事実は否認する。

(四)  同(四)、(五)の各事実はいずれも否認する。

3  請求原因3については、(一)、(二)の各事実は否認し、被告らが原告に対して不法行為責任を負うことになるとの点は争う。

4  請求原因4については、同(一)(1)の別紙計算書出捐金欄の平成元年一〇月一九日の三〇万円の出捐及び同計算書受領金欄の同年一一月二日の五五万三六六一円の受領の事実は認め、その余は否認ないしは争う。

三  被告らの主張

1  被告Y1は、平成元年八月中旬ころ、原告に先物取引の勧誘のため電話をしたことがあるが、原告は、その際、商品先物取引について怖い感じがすると言っており、商品先物取引がリスクのある取引であることを認識していた。

2  被告Y1は、商品先物取引の勧誘のために原告を訪問した際、原告に対し、商品先物取引の仕組みや同取引は少額の証拠金で多額の取引をするものであり、値段差に倍率取引枚数を乗じたものが損益となるハイリスク・ハイリターンの取引であるとの同取引の危険性、同取引の開始には証拠金が必要であること、計算上の損金が発生したときは、追加証拠金が必要であること、これを出さなければ先の取引を被告会社が落として(手仕舞して)しまうこと並びに損害が発生したときの対処方法等について説明した。その際、原告は、被告会社が豊田商事のような詐欺的な会社ではないかとの疑いをもっていたので、被告Y1は、原告に対し、被告会社が通産省、農林省によって先物取引の受託を認められた会社であること、苦情のあるときは商品取引所に言えば相談にのってくれることなど及び取引商品の値段は新聞に載っていることをも説明した。

3  更に、その後、被告Y1とCが原告方を訪問したが、その際Cは、原告に対し、商品先物取引の仕組みや危険性について説明し、かつ「商品取引委託のしおり」「商品取引ガイド」「受託契約準則」「危険開示告知書」の重要箇所を示し、必ず読んでおくようにとの指示をしたうえでこれらの書類を原告に交付した。なお、この席にはBも同席していた。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  当事者

請求原因1(一)の事実のうち、原告がBとともにa製作所の屋号で製缶加工、ステンレス加工等の鉄工業を営んでいるものであることは当事者間に争いがなく、原告本人の供述及び成立に争いのない甲第七号証によれば、原告は、後記認定の商品先物取引をするまでは、商品先物取引や株式取引をしたことはなく、商品先物取引の仕組みやその危険性に関する知識を有していなかったことが認められる。そして、請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  事実経過等について

原告(ないしは原告とB)が被告会社と商品先物取引をするに至った経過及び取引の状況についてみるに、原告本人の供述及び前掲甲第七号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。

1  被告Y1は、平成元年八月中旬ころ、商品先物取引勧誘の目的で原告の事務所を訪問し、原告に対し、「ゴムが買い時です。儲かりますよ。」等と申し向けて商品先物取引をするように勧誘した。原告は、このときは被告Y1の勧誘に応じなかった。しかし、被告Y1は、諦めることなく、そのころから同年一〇月にかけて、原告に対し、電話による商品先物取引の勧誘を続けた(右の被告Y1の電話による勧誘の事実については当事者間に争いがない。)。そして同年一〇月一五日ころの勧誘の際、被告Y1は、原告に対し、、「小豆が買い目ですよ。上がっています。ぜひ取引をしてみて下さい。」と言い、その後も「小豆が上がっています。一〇〇円上がれば資金は倍になります」などと言っていたが、原告は、この勧誘を断っていた。

2  それでも、被告Y1は、原告に対する商品先物取引の勧誘を諦めず、同年一〇月一八日の午前中にも原告に対し右取引の勧誘の電話をした。原告は、被告Y1があまりにも熱心に取引を勧めるので、被告Y1に対し、その日の夕方に一度会うことを約束した。そして、その日の午後五時半ころ、被告Y1は、被告会社の他の従業員とともに原告の事務所を訪問した。その日は、右事務所には、原告のほかにBもいて、被告Y1らの原告に対する商品先物取引の勧誘の場に同席した。この席で、原告は、被告Y1らに対し、「株だったらやってみたい。」と話したところ、被告Y1は、「株だったら下がれば損をするが、これ(商品先物取引)は下がっても利益が取れるのをご存じですか。」「値段が逆に行った場合、証拠金を追加して追っていって元に戻るまで待てば証拠金も戻るし利益も取れます。ですから株より安全です。」「任せてください。必ず儲かります。」などと申し向け、原告らに対して熱心に商品先物取引を勧誘した。

この被告Y1の勧誘に際しての説明によって、原告及びBは、商品先物取引は危険な取引ではなく、しかも被告Y1にこれを任せれば右取引によって確実に利益を得ることができ、これによって損をすることはあり得ないと思うようになり、結局、原告は、同日、被告Y1の勧誘に応じて、被告会社に対し、小豆を五枚買う旨の商品先物取引を委託し、その証拠金として三〇万円を被告Y1に渡し、もって被告会社を受託者とする商品先物取引を開始するに至った。

3  翌一九日午後六時頃、被告Y1は、原告の事務所に来て、右三〇万円の預かり証を原告に手渡したが、その際、原告らに対し、B名義でも取引をするよう勧めた。原告とBは、相談の結果、被告Y1の右勧誘に応じることとし、同日、その旨の契約書を作成し、被告Y1に対し、小豆五枚をB名義で買う旨の商品先物取引を委託し、その証拠金として三〇万円を被告Y1に渡し、もってB名義で被告会社を受託者とする商品先物取引を開始するに至った。

4  同月一〇月二一日にも被告Y1が原告の事務所に来て、原告に対し、「乾繭がおもしろいときですからやってみませんか。実は東大阪で兄弟でやっている人がいます。二人で両建というやり方をやって、どちらかが必ず逆の方に行きますので、これを切ってやったらいいんです。一方は利益ですから損はされてないんですわ。だから二人でやって下さい。間違いありません。確実ですから。このY1に任せてください。」等と自信たっぷりに説明した。原告はこの被告Y1の話を信用して、乾繭の取引をする気になり、乾繭の取引のための保証金一三〇万円のうち九〇万円を当日被告Y1に交付し、翌日残り四〇万円を被告Y1に支払った。また、被告Y1の勧めで、B名義でも乾繭五枚の取引をすることになり、そのための保証金も被告Y1に支払った。

5  被告Y1は、同月一〇月二三ないし二四日ころ、原告らに対し、小豆の取引で利益が出ているとの連絡があり、原告がその支払を求めたところ、被告Y1は、一〇万九八七一円を持ってきた。このことがあって、原告はますます被告Y1を信用するようになった。

そして、同月二五日ころの夕方、被告Y1、同Y2が原告の事務所を訪れ、相場が反対の方向に行っている旨の説明をし、証拠金が必要であることを告げ、同被告らは、原告から証拠金として六五万円の交付を受けた。更に翌二六日に、被告Y1から追証の請求があり、原告はこれに応じて、被告Y1に対し、追証として二七〇万円を交付した。また、同月三〇日朝にも、被告Y1から原告に対し、乾繭が反対に行ったので追証がかかっているとの電話による連絡があり、原告は、これに応じて被告Y1に対し、追証として二六〇万円を交付した。

6  同年一一月一日夕方ころ、被告Y1が原告の事務所にやってきて、原告に対し、グラフを見せながら、「ゴムが買い目ですよ。これ以下に下がることはありません。これより下がれば国が介入して支えますので絶対間違いありません。」などと言ってゴムの取引を勧誘し、かつ保証金が一五〇万円必要であることを告げた。原告は、被告Y1の右の言を信用し、翌二日、被告Y1に対し、右保証金として一五〇万円を交付した。このとき、被告Y1は、乾繭の精算金として五五万三六六一円と領収書を持参していたので、原告は右領収書に署名し、右のうち五〇万円は後の建玉に使うとのことで被告Y1に渡した。

7  同年一一月五日、被告Y1から原告に対し、「ゴムが買い目です。これ以下には下がらない。二五〇万円用意して下さい。」との連絡が入り、翌日、被告Y1が原告の事務所に訪れ、Bが同被告に対し、ゴムの取引についての保証金の趣旨で二五〇万円を渡した。

8  同年一一月九日昼過ぎころ、被告Y1は、電話で原告に対し、「乾繭も含めて五〇〇万円ほど儲かっていますよ。Xさん今度は大勝負をして下さい。」等と熱心に取引を増やすよう勧誘したので、原告は少しくらいなら応じる旨返答すると、同被告は、原告に対し、二二〇万円の証拠金が必要である旨告げた。そして、翌一〇日、原告は、同被告に対し、右の二二〇万円を渡した。

9  同年一一月一四日、被告Y1から原告事務所に電話があり、同被告は、電話に出たBに対し、「年末は毎年同じように値が下がっている。今年も間違いなく下がる。」等と言って粗糖の取引を勧めた。Bがこれを断ると、同被告は、原告を電話に出すよう求め、電話に出た原告が従業員のボーナスや給料日も近いのでどうにもならないとして断ったにもかかわらず、「Xさん、間違いないから出して下さい。私が強く言うときは絶対間違いないんです。信用して下さい。Y1銀行と思って預けて下さい。」と言って右取引を執拗に勧めた。このため、原告も根負けしてこれに応じることとし、翌日午後五時ころ、原告の事務所に来た同被告に対し、右取引の証拠金として二〇〇万円を交付した。

10  同年一一月二〇日午後六時ころ、被告Y2と同Y1が原告の事務所を訪れた。そして、被告Y2は、原告らに対し、「相場が逆に動いてしまった。」と言った。そこで、原告は、被告Y1に対し「Y1さん。元手は大丈夫だ、信用して任せてくれと言っていましたね。」「一二月には精算をお願いしているのですが。」と言ったけれど、被告Y1は黙ったままであった。そして、被告Y2が原告らに対し、「Xさんの分もBさんの分も追証がかかっています。追証が払えますか。」と言った。これに対し、原告らがもうしんどい何か方法はあるのかたずねたところ、被告Y2は、「両建があります。今売りで入っているので、今度は買いで入ったら安心です。どんなに上下しても損はありません。相場がどちらかに行ったとき、利が上がらない方を切ったら大丈夫です。」との話をした。原告らは、最初は躊躇していたが、結局、そのための保証金三五〇万円を捻出して、右取引をすることを承諾し、同月二七日、被告Y2に右保証金三五〇万円を交付した。

以上の事実が認められるところ、被告らは、被告Y1は、商品先物取引の勧誘のために原告を訪問した際、原告に対し、商品先物取引は少額の証拠金で多額の取引をするものであり、値段差に倍率取引枚数を乗じたものが損益となるハイリスク・ハイリターンの取引であるとの同取引の危険性、計算上の損金が発生したときには追加証拠金が必要であること、これを出さなければ先の取引を被告会社が落として(手仕舞して)しまうこと並びに損害が発生したときの対処方法等について説明し、また苦情のあるときは、商品取引所に言えば相談にのってくれることなどや取引商品の値段は新聞に載っていることをも説明した旨主張するが、本件全証拠によっても右の被告主張事実を認めることはできない。また、被告らは、被告Y1と被告会社の従業員である訴外Cが原告方を訪問し、その際訴外Cが原告に対し、商品先物取引の仕組みや危険性について説明し、かつ「商品取引委託のしおり」「商品取引ガイド」「受託契約準則」「危険開示告知書」の重要箇所を示し、必ず読んでおくようにとの指示をしたうえでこれらの書類を原告に交付した旨主張するが、そのうち右各書類を訴外Cが原告に交付したとの事実及びその交付の前にその重要箇所を示し、必ず読んでおくようにとの指示をしたとの点は、証人C自身もこれを否定する証言をしているところであり、本件全証拠によってもこれを認めることはできず、また訴外Cが原告に対し商品先物取引の仕組みや危険性について説明した旨の主張についても、これに沿う証人Cの証言及び乙第二八号証(証人Cの証言によって真正に成立したものと認められる。)の記載は原告本人の反対趣旨の供述と対比して、また原告本人の供述及び前掲甲第七号証並びに弁論の全趣旨によって認められる原告及びBが本件先物取引のために拠出した資金は、余剰の資金ではなく、原告及びBが営んでいた事業のために必要な資金であったとの事実に照らしてたやすく措信できない。また、成立に争いのない乙第七号証、一〇号証の各一ないし一一によれば、原告及びBは、右取引開始にあたり、またその取引期間中においても、前記の各書類の交付を受け、かつその内容の説明を受けた旨や商品先物取引の危険性を了知した旨を記載した被告会社宛の書類に署名してこれを被告会社に提出しているとの事実が認められるが、原告本人の供述によれば、原告及びBは、右各書類を被告Y1の言われるままに作成したものであって、これに署名する際、その記載内容を理解していなかったものと認められる。したがって、右の各書類に署名したことをもって、原告及びBが被告会社側の者から「商品取引委託のしおり」「商品取引ガイド」「受託契約準則」「危険開示告知書」の交付を受けたり、その内容の説明を受けたものと判断したり、原告やBが右取引開始時点及び右取引を継続していた当時、商品先物取引の危険性を了知していたものと判断することはできない。

なお、原告は、平成元年八月一八日には、被告Y2も原告の事務所を訪れ、請求原因2(二)記載のとおりの発言をした旨主張し、原告本人は右主張に沿う供述をし、前掲甲第七号証中にも右主張に沿う記載が存するが、証人C及び被告Y2の反対趣旨の証言、供述と対比すると、右の原告本人の供述及び甲第七号証の記載のみによって原告の右主張事実を認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

三  被告らの責任について

右の事実関係を前提として、被告らの責任について検討するに、被告Y1は、商品先物取引の仕組み及びその危険性についての十分な知識を有していなかった原告及びBに対し、執拗に商品先物取引を勧誘し、原告及びBをしてこの取引を利益が大きくしかも確実な取引であると誤解させる説明を行い、また利益が確実である旨の断定的な判断の提供を行ったものというべきであり、原告及びBは、右の被告Y1の説明及び断定的判断の提供を信じ、前記各取引を行ったものであるから、被告Y1は、民法七〇九条により、原告及びBが前記各取引によって被った損害を賠償すべき義務があり、被告Y1の右各行為は、被告会社の事業の執行についてなされたものといえるから、被告会社は、被告Y1の使用者として、民法七一五条により、被告Y1とともに原告及びBが前記各取引によって被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。しかしながら、被告Y2については、前記認定の同被告の行為のみによっては右損害についての賠償義務を肯認することはできない。

四  損害について

1  原告が被告Y1の前記認定の勧誘に起因して被告会社に預託する趣旨で被告Y1ないしは被告Y2に交付した金員は前記認定のとおり総額二〇〇五万円であり、これに対し、前記認定の取引に基づいて原告が被告会社から受領した金員は別紙計算書受領金欄記載のとおり合計六〇三万一九四〇円であることは弁論の全趣旨によってこれを認めることができ(このうち同計算書出捐金欄の平成元年一〇月一九日の三〇万円の出捐及び同計算書受領金欄の同年一一月二日の五五万三六六一円の受領の事実はいずれも当事者間に争いがない。)、結局、その差額一四〇一万八〇六〇円が差損金及び右取引に関する被告会社の手数料として差し引かれ、原告及びBにおいてその返還を受けることができなかったものということになり、これが原告及びBが前記認定の取引によって被った損害ということができる。そして、成立に争いのない甲第二三号証の一、二によれば、請求原因4(一)(2)②の事実が認められる。ところで、商品先物取引が投機性の高い、極めて危険な商取引行為であることは常識であり、また原告及びBは、右取引開始にあたり、またその取引期間中においても、前記の各書類の交付を受け、かつその内容の説明を受けた旨や商品先物取引の危険性を了知した旨を記載した被告会社宛の書類に署名してこれを被告会社に提出しているとの前記認定の事実からすれば、当該書類の記載内容を少しでも注意して検討していれば容易に商品先物取引の危険性を認識し、また被告Y1の説明及び断定的判断の提供に不審の念を抱くことができ、右の損害の発生を回避し又はすくなくとも損害額を最小限にとどめることができたというべきであるにもかかわらず、原告及びBは右書類の記載内容を検討することなく安易に被告Y1の言を信じて前記取引を行ったものであるから、原告及びBにも過失のあることは否めない。そして、前記認定の被告Y1の行為の態様等と原告及びBの右過失とを考え合わせると、過失相殺として、原告及びBの右損害のうち四〇パーセントを減ずるのが相当である。したがって、前記損害のうち被告らが原告に賠償すべき額は八四一万八三六〇円である。

2  次に弁護士費用について検討するに、原告訴訟代理人が原告から本訴の提起、遂行の委任を受けたことは記録上顕著であり、被告の抗争の程度、内容、立証の困難性、事案の内容、認容額等を考慮し、前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は九〇万円をもって相当とする。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告Y1及び被告会社に対して九三一万八三六〇円の損害金及びこれに対する不法行為後であり本件訴状送達の日の翌日であることが記録上顕著である平成二年六月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める限度で理由があるからこれを認容し、同被告らに対するその余の請求及び被告Y2に対する請求は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 窪田正彦)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例